A. Shik :
Quantum Wells; Physics and Electronics of
Two-Dimensional Systems

1998年のノーベル物理学賞は、極低温の2次元電子系が示す風変わりな現象「分数量子ホール効果」の研究者R.B.Laughlin,D.C.Tsui, H.L.Stroemerの3人に与えられた。 1985年には、K. von Klitzingが「整数量子ホール効果」の発見でノーベル物理学賞を受賞しており、 今回の授賞は2次元電子系の研究がますます重要になっていることの表れであろう。

本書は、分数量子ホール効果については一言触れられている程度であるが、量子井戸を中心に2次元電子系の物理について網羅的に解説した好著である。著者のA. Shikは、1970年代以来、デバイスとしての量子井戸における物理現象、とくに光学特性、輸送現象の理論的研究を行ってきた、この分野の大家である。本書では、著者の長年の経験を活かして、量子井戸の2次元電子系における物理現象をできるだけ直観的に説明することに挑戦している。レーザー発振、光変調器、光検出器などへの量子井戸の応用にも重点が置かれているので、物理系はもちろん電子工学系の大学院生や若い研究者にとっても発展著しいこの分野への良い入門書となっている。

非常に分かりやすく書かれているので予備知識無しで読んでも楽しめるが、結晶運動量、ドルーデモデル、フェルミ面、状態密度、有効質量近似といった、固体物理の基礎概念を読者が習得していることを前提として書かれているので、本書をより良く理解するためにキッテルの「固体物理学入門」やザイマンの「固体物性論の基礎」といった固体物理の標準的な教科書を勉強した後に読むことをお勧めする。残念なことに、数式などにミスプリントと思われるところが幾つか見られた。優れた入門書であるだけに増刷時の訂正に期待しよう。

以上のことを考慮して、2次元電子系の研究にこれから挑戦しようという学生、若い研究者にぜひ本書の一読を薦めたい。
 
 
 

追補(2002年10月23日、飯高):岩淵先生による日本語版では、原著に見られる数式上の誤植が訂正され、数多くの訳注が加えられ、さらに量子力学、統計物理学、固体電子論の基礎についての丁寧な解説が補足されていて、たいへん役に立つ本となっている。